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zoom RSS 駆けてきた少女 (東 直己)

<<   作成日時 : 2014/01/18 22:28   >>

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満足度4 ★★★★

ハヤカワ文庫JA
初出版 1994年
読んだ回数 3回








ハヤカワ文庫JA−裏表紙の紹介文

ちょっとした行き違いからガキに腹を刺されて入院した〈俺〉は、見舞いにきた自称「霊能力者」こと濱谷のオバチャンの依頼で、女子高生の家庭調査を引き受けるハメに。軽い気持ちで手を付けたこの一件と、自分を刺した犯人探しとが交錯した時、すでに札幌の闇に蠢く巨大な陰謀に巻き込まれていることに、〈俺〉は気づくのだった。いまどきの高校生に翻弄されながらも、ススキノの中年便利屋が奮闘する軽快ハードボイルド。

感想、みたいなもの

「ススキノ便利屋〈俺〉シリーズ」の長編第六作目にして、「ハーフボイルド三部作」の第二弾。



「ハーフボイルド三部作」 左から
1.「ススキノ、ハーフボイルド」
2.「駆けてきた少女」 (俺シリーズ)
3.「熾火」 (探偵畝原シリーズ)


「ススキノ、ハーフボイルド」の記事で紹介したように、「ススキノ、ハーフボイルド」は、東直己の人気シリーズの「俺」と「探偵畝原」との三部構成の作品なのですが、その構成に置いて、本作「駆けてきた少女」は「ススキノ、ハーフボイルド」と、物語の裏表のような位置づけとなっています。

初めて読んだ時は、三部作ということを知らなかったので、ストーリー的に「?」な点があり、そもそも、「駆けてきた少女」の物語自体、何だか良くわからないという作品でした。その後、「ススキノ、ハーフボイルド」を読んで、色々な点が腑に落ちたわけですが、やはり、単体の作品としては完結していない感じがします。

テーマとしては、北海道の、警察を中心とした不正、腐敗であり、それに対して「俺」が立ち向かう姿を通して、作者自身の思いを爆発させているという感じですが、そもそも、主となるストーリー展開は「ススキノ、ハーフボイルド」に任せ、脇役であることをいいことに、好き勝手に作者の意見をぶちまける場としているような気がします。

ということで、物語がどこから来て、どこへ向かっているのかわからない不安感があるので、「俺シリーズ」を初めて読む人向きではありません。しかし、「俺シリーズ」のファンであれば、良く分からないけど楽しめるという、不思議な作品だと思います。もちろん、先に書いたように、「ススキノ、ハーフボイルド」あってのことではありますが…。

−−−−−

本作では、「俺」が、男にからまれている少女を助けようとして、逆に腹をナイフで刺されてしまう場面から始まります。

重症か?と思いきや、太っていて腹が分厚く脂肪に守られていたため、ナイフの刃先がすべり、大事には至らなかったというオチがつくのですが、「俺」もススキノではちょっとした顔なので、こういった面白いネタがススキノの隅々まで知れ渡り、行く先々でこのことを聞かれるというのが、かなり笑えます。

「そういう体系のキャラなのに、何でデブじゃない奴がキャスティングされるんだ!」と、またまた映画化に対して文句を言いたくなるのですが、逆に、このギャグは映画で使えまいという「ザマミロ感」があったりもします。

とまあ、そういう成り行きで、「腹を刺したガキを見つけたら、ただじゃ済まさない」とばかりに、何となく、ススキノで情報収集するうちに、北海道警察の不正・腐敗を糾弾するグループに加わった「俺」は、北海道の闇と対峙することになるわけです。

しかし、敵が巨大すぎて、「俺」も段々と、

警察が癒着しているのは当然として、癒着を、やはりどこか、恥ずかしい物、下品なこととして、俯いて、こそこそ歩く時代もあっただろう。ものには品位、佇まい、というものがある。べきだ。で、そういう意味で言えば、今のススキノは、最低だ。そんな仕組みが少しでも変わるのを見たい、と思ったこともあった。だが、目覚ましい変化はない。

と感じるようになり、

おやおや。俺はいったい、何をしたいんだ?

…自分が何をすべきか、何をしたいか、そんなことはわからない。自分ができることはなんなのか、ということも、自分にはわからない。だが、誰でもいいが、手の届く範囲にいる、困って、悲しんでいる人間の、苦しみや悲しみを軽くするのは、いいことだろう。何をすべきか途方に暮れた時は、なにかひとつでいい、とにかくできることに力を向ける。多分、お節介ってことになるんだろうが、それはそれでいい、。目的は、俺の自己満足だ。


わかるなぁ。

サラ・パレツキーの「V・I・ウォーショースキーシリーズ」でも、主人公の女探偵ヴィクが同じようなことを語る場面がありましたが、最近の世の中は、「悪」に慣れ過ぎてしまったというか、「悪」があまりにも堂々とし過ぎていて、もう、自分の手でどうこうできる世の中ではなくなってしまった、そんなあきらめを感じます。

で、自分の手の届く範囲だけでも、いいから、小さな満足を得ることで妥協する。まあ、歳をとってしまったのかもしれませんが、東直己の、「俺」の言わんとする気持ちは良く分かります。

そのような気持ちに共感できないと、本作は、三部作の本流ではないということもあって、楽しめない作品になってしまうかもしれません。

−−−−−−−−−−−−−−−



文庫(左)、単行本(右)共に、「俺」と女子高生とバー、ススキノがレイヤーされたような、凝った作りになっています。両者ともに、作品の雰囲気が良く出ていて、シリーズの中でも、好きな表紙です。

「消えた少年」では少年の姿を描いたように、表紙は作品の内容をイメージできるものであるべきだと思いますが、そういう意味でも、きちんと女子高生の姿があって、良い雰囲気の表紙だと思います。

が…。



毎度毎度で、もう書くのがイヤですが、ハヤカワトール版は、今回もダッサイですね。少女はどこにいるんだと言いたくなりますが、それだけでなく、特に、映画化のあとに新装されたトール版は、「俺」がやけにスマートに見えるようなデザイン(本書では、足を長く見せている)が目立ちます。

腹の脂肪が分厚くて命拾いした「俺」なのに、「俺」のデブのイメージを壊し、映画の「某泉」に似せようとしているのでしょうか?


印象に残った言葉

「たとえば、俺は、サラリーマンになるのがいやだった。だから、就職活動を一度もしたことがない。」

「ふんふん。」

「評判のラーメン屋で並んで順番を待つのが嫌いだ。そもそも、『人気の名店』で話題の料理を食べるのが嫌いだ。」

「ふんふん。」

「オリンピックやワールドカップで、みんなと一緒になって、日本を応援するのも嫌いだ。夢中になって日本を応援している連中も嫌いだ。」

「ふんふん。」

「で、ケータイを持つのが嫌いだ。」

「……なんとなく、わかるけど。」

「わかるか?」

「わかるけど、……なんか、子供っぽい。」

「そうかい。悪かったな。」

「ウチのクラスにも、ケータイはキライっていう男子がいるから。」

「見所があるな。」


−−−−−

「駆けてきた少女」である麗奈と「俺」との会話です。

この会話の「俺」に100%共感する私は、東直己と同じく、世の中の流行に巻き込まれることが嫌いな、いわゆる「へそ曲がり」「偏屈ジジイ」なのです。

悔しいのは、「俺」と違って、就職活動もしてしまったし、ケータイも持ってしまったことですが、それでもようやく、資格を取って独立しようとしているし、ケータイも必要最小限しか使わず、人前でチマチマ操作する姿なんてものは決して見せないし、スマホなんて絶対に買わないし、ということで、抵抗だけは続けているのです。

先に書いたように、結局のところ、「俺シリーズ」自体がそうなのですが、特にこの作品は、東直己とのシンクロ度で、評価が分かれる作品だと思います。

ちなみに、上記の会話で「見所がある」と言われた男子とは、「ススキノ、ハーフボイルド」の松井省吾です。

うん、確かに見所があるな。



※ブログ内の関連記事(東直己)

東直己 / 著作リスト

(ブックレビュー / <俺>シリーズ)
探偵はバーにいる
バーにかかってきた電話
消えた少年
☆ 向こう端にすわった男
☆ 探偵はひとりぼっち
☆ 探偵は吹雪の果てに
駆けてきた少女
半端者(はんぱもん)

(ハーフボイルド三部作)
ススキノ・ハーフボイルド
駆けてきた少女
熾火


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