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zoom RSS 8年 (堂場瞬一)

<<   作成日時 : 2011/05/29 01:13   >>

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満足度4 ★★★★

集英社文庫
初出版 2001年
読んだ回数 2回








集英社文庫−裏表紙の紹介文

オリンピックで華々しい活躍をし、当然プロ入りを期待されたが、ある理由から野球を捨ててしまった投手・藤原雄大。8年後、30歳を過ぎた彼は、突然、ニューヨークのメジャー球団に入団する。あの男ともう一度対戦したい! その悲願のためだけに……。一度は諦めた夢を実現するため、チャレンジする男の生き様を描くスポーツ小説の白眉。第13回小説すばる新人賞受賞作。


感想、みたいなもの

堂場瞬一のデビュー作。

刑事もので名が通っている堂場瞬一のデビュー作がスポーツものというのは意外かもしれませんが、堂場瞬一の描く刑事像はストイックなものが多く、簡単に言えば体育会系。元々、堂場瞬一はスポーツ系なのです。

そしてそれは、刑事ものにしては違和感がある場合もありますが、スポーツものにはピタリとハマり、真価を発揮。堂場瞬一のスポーツものはなかなかいいのです。

私が思うに、実は堂場瞬一が本当に書きたいのは、「スポーツもの」なのではないでしょうか?

しかし、日本では(海外は知らないけど)、スポーツ漫画は好まれるけれど、小説ではあまり売れるジャンルではない。

スポーツものだけでは食えないので、メシのタネとして、堂場瞬一は警察物を書いている。そんな気がします。

堂場瞬一の描くスポーツものは、ジャンルも幅広く、いかにもスポーツ全般に精通しているようですが、インタビューによれば、選手には取材はしないのだそうです。

「おそらく、多くのスポーツは真髄の部分では似ていると私は考えているんです。想像が及ぶというか、もちろん、水泳ならプールで泳いだ経験くらいはありますから、多少の想像の源はありますが、基本的には妄想力です。」

堂場瞬一はラグビーをやっていたそうですが、ひとつのスポーツを真剣にやっていれば、大体同じということなのでしょう。

何となくわかる気はします。

ただ、スポーツもので難しいのは、読む方も、ある程度そのスポーツのルールや背景、歴史などを知らないと、ストーリーに入り込めない場合があるという点でしょう。

そういう意味では、読み手にも、妄想力が要求される。

また、スポーツの動きを文章で書くのは並大抵のことではないし、読者の側からもイメージ作成という協力なくしては成り立たないと思います。

テレビのスポーツ中継を見るように、スピーディーに「妄想力」を働かせて、物語を「読む」のだから、ある程度、書き手も読み手も共通の妄想力が必要になる。そういう意味でも、スポーツ小説が万人受けしない理由のひとつなのでしょう。

−−−−−−−−−−

さて、「8年」で描かれるスポーツは野球、それも、メジャーリーグベースボールです。

一昔前なら、誰でも知っているというわけにはいかなかったでしょうが、野茂、イチローの活躍で、情報も多くなり、広く知られることになったので、今は誰でも読みやすいと思います。

物語は、基本的には単純明快。

「普通じゃないんだ。俺は。でも、今やっておかないと、俺は残りの人生を後悔しながら生きて行かなければならなくなる。それだけは、嫌だ。」

そう。夢を追ってメジャーを目指す、男の挑戦の話です。

ある理由から、日本プロ野球にも属さずにいた男が、突然、メジャーの舞台で活躍するというのは、いくらなんでもあり得ないと思いますが、スポ根ものではそれが許されてしまうのです。

「期待しない事も大事だが、何かを信じることはもっと大事である。この若者を、そして自分を。」

随所に、こんな言葉が散りばめられていて、読んでいて、自分の中にある、熱くたぎる思いを刺激されますが、これぞ、スポーツものの醍醐味です。

ただ、盛り上げるだけ盛り上げておいて、クライマックスは、少し物足りなさを感じました。

「夢は続いていく」という終わり方はアリかもしれませんが、男の夢を理解できなかった妻との関係も、あっさり修復されるだろうという楽観的な書き方は、あまりにも、「終わり良ければ全て良し」的で、深みがありませんでした。

まあ、デビュー作ですし、それでも、十分面白かったので良しとしましょう。

−−−−−−−−−−

読んでいて気になったのが、「game」のことを、「ゲーム」ではなく「ゲイム」と書いていること。

他にも、「ストレイト」「トレイニング」などが出てきますが、和製英語というか、カタカナは日本語なのだから、ゲームでいいと思います。発音記号じゃないんだから、こういうのはやめて欲しい。

作家でもブロガーでも、文章にはその人柄が自然と表れるものですが、こういうちょっとしたところに変なコダワリを見せる人は、自己顕示欲が強く、いけ好かない人が多い。堂場瞬一の作品はとっても好きだけれど、たぶん、堂場瞬一個人は嫌いなタイプだと思います。

ちなみに、それならそれで、「エネルギー」ではなく、「エナジー」と書くべきじゃないのかと思いますが、何故か表記は「エネルギィ」。

意味がわかりませ〜ん!


※追記

日本語になった「エネルギー」の語源は、英語の「Energy」ではなく、ドイツ語の「Energie」で、ドイツ語の発音は「エネルギー」なのだそうです。

まあ、そこまで分かって書いている(と思われる)堂場瞬一のコダワリ方はハンパじゃないことは認めますが、そもそも、「エネルギー」でいいじゃないかというのが私の主張ですから、同じことですけどね。


−−−−−−−−−−−−−−−



単行本の表紙です。

マンハッタンの上空を自由に飛び回る鳥たち。

主人公が所属するチーム名が、「ニューヨーク・フリーバーズ」。

文庫の表紙より数段良いと思います。


印象に残った言葉

「野球選手にとって一番大事なものは何か。技量じゃない。欲望だ。夢見る力が足りないだけなんだよ。」

−−−−−



ここを読んで、レッドソックスへ入団した時の会見で、
「夢をかなえた、今の気持ちは?」と聞かれ

「夢という言葉は好きではない。」

と答えた、松坂大輔を思い出しました。

彼は、「夢は、見ることはできてもかなわないものだと思っている。僕は夢ではなく(具体的な)目標としてやってきたので、今日ここ(メジャー)にいると思う。」というようなことを言いました。

夢と目標。

言いたいことはわかります。

そして、『実態のない「夢」ではなく、具体的に行動を起こし、努力する対象が「目標」である。』といった解釈で、マスコミもこの言葉を好意的に報道しましたが、私は、何だか嫌な気分になりました。

「別に、夢だからって、何も行動を起こさないわけじゃない!」

「目標」というドライな言葉と、「夢」という人間臭い言葉のどちらが好きかというそれだけの違いじゃないか。

どちらが「好き」かの違いで、どちらが「正しい」わけじゃない。しかし、「目標」を達成した松坂が、メジャーでどのような活躍を見せたかと言うと…。

「夢」は実現しても「夢の続き」があるし、努力しなければ夢から覚めてしまいます。けれど、「目標」は、達成したらそれで終わり。

松坂にやる気が感じられないのは、「目標」を達成してしまった後の虚脱感と考えるのは、嫌味でしょうか。

まあ、金が目当てでメジャーに行くのがミエミエなのに、「子供の頃からの夢でした。」なんて言う奴よりはいいかもしれませんが。

「失われた八年間は、何をやっても戻ってこないのだ。だが俺には、俺達にはこれからの八年間があるではないか。」

こんなことを言うのも、私も大好きな北海道に住みたいとずっと夢見て、それがかなったのが10年前。それから8年間を札幌で過ごし、志半ばで夢破れ、東京に戻ってきたのが2年前だったから。

偶然の一致の「8年」。

それからは、傷心と反省の日々を送っていましたが、いつまでもクヨクヨしていてはいけない。昔できたことは、今だってもう一度できるはず。夢見る力をなくしてはいけない、もう一度夢見る力を取り戻したいと、この本を読んで思ったのでした。



※ブログ内の関連記事(堂場瞬一)

堂場瞬一 / 著作リスト

(ブックレビュー / スポーツもの)
8年
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標なき道
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チーム

※関連サイト
堂場瞬一10周年記念特設サイト
堂場瞬一 with 中央公論新社


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