暗闇 (コーディ・マクファディン)



満足度4 ★★★★

ヴィレッジブックス
原題 THE DARKERE SIDE
翻訳 長島水際
初出版 2009年
読んだ回数 1回


ヴィレッジブックス-裏表紙の紹介文

幾多の難事件を解決してきた辣腕FBI捜査官スモーキーは、ある極秘捜査を命ぜられる。飛行中の機内で、誰にも気づかれずに殺害された美しい女性リサは、次期大統領と目される大物政治家の娘だったのだ。遺体を見たスモーキーは、彼女が“男性”だと知る。そして、その腹部には謎の数字が刻まれた、ある“シンボル”が残されていた! 性転換を憎むあまりの殺人なのか? 犯行の目的がつかめぬまま捜査を進めるうちに、酷似した手口で惨殺された元売春婦の存在を突き止める。それを予期したように、すでに犯人は次なる恐るべき“作品”を用意していた――サスペンス界の貴公子がおくる、徹夜覚悟の衝撃作!


感想、みたいなもの

「FBI捜査官・スモーキー」シリーズ3作目。

過去2作もそうでしたが、長島水際氏の訳は翻訳物にありがちな不自然さを感じることなく読みやすいので、物語に集中できます。

日本の作家でも、特殊な言い回しや小難しい表現を駆使するのが作家と言わんばかりの読みにくい文章で、悦に入っている人もいますが、これは本当に読みやすい、というか、私には合っているようです。

今回もまた、いつものように「連続殺人鬼」が登場しますが、その犠牲に「大物政治家の娘」がなったことから、スモーキー達のチームが捜査にあたることになります。

いつものように殺し方が残虐で、いつものようにプロファイリング的な捜査が行われるのですが、「いつものように」を連発したように、少しワンパターンの感じはありましたが、今回は、スモーキーを始め、彼女のチームのメンバー達の意外な過去やプライベートなことが明らかになるので、飽きずに読むことが出来ました。

ただ、本作のテーマ?である「誰しも心に闇の部分を持っているが、それを神の前で告白し、罪の赦しを得る」という、洋物にありがちな、キリスト教がらみの善悪感が関係するストーリーなので、私自身、きちんと理解できたか、全く自信はありませんが…。

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今回の連続殺人鬼は、過去に何十人という殺しをしていながら、今まで捕まらなかったという、ちょっとあり得ない設定ですが、本作は、スモーキーだけでなく、他の登場人物が個性的で、それがシリーズの魅力だと思うので、こういった突っ込み所や、謎解きではなく勝手に解決型の進行も、さほど気になりませんでした。

本作でも相変わらず、それぞれの個性がきちんと描かれていますが、ボニーも、成長するに従って悪夢から立ち直り、将来のことを考えられるようになり、それを見守るスモーキーにも転機が訪れます。

残念だったのは、前作に続き登場の、女ボディ・ガードのカービー・ミッチェル。

前作の感想に、「私の好きなタイプの予感」と書いたのですが、残念ながら、そうではありませんでした。

具体的に書くと読む楽しみが薄れてしまうので書きませんが、ただのアホ女でした。彼女の行動は不可解だったし、エピローグも、「だから何?」という感じでした。

このシリーズの未読はあと1作、「遺棄」を残すのみですが、今後、登場人物がどのように描かれていくのか楽しみです。

ただ、出版社がきちんとシリーズを継続して出版してくれるか、それが心配です。

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文庫表紙はいつもの通り、精細なタッチのもので、上下の色違い。

おそらくリサの顔だと思いますが、そう思って見ると、男の顔にも見えるという気がします。

第一作「傷跡」の表紙に描かれたスモーキーの顔は男には見えないので、多分、意識して描いているのではないかとは思いますが、気のせいかも? 描いた人に聞いてみたいです。



洋書版は、これまたいつものように、シンプルなものですが、過去2作よりさらにシンプルな、「ほとんどタイトルのみ」といった感じになりました。

もちろん私は、断然、日本版の方が好きです。


印象に残った言葉

「くそっ(ジーザス)」と、わたしは小声で言う。

「スモーキー……。」

「いけない。ちくしょう(オーマイゴッド)」


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教会を訪れたスモーキーが、牧師の前で、つい、汚い言葉を口にしてしまった場面ですが、引用したように、文章にはわざわざ、ルビが振られていました。

オーマイゴッド(Oh! My God!)はズバリ神ですが、「イエス・キリスト」が「ジーザス・クライスト(Jesus Christ) 」の英語読みですから、どちらも神の名を呼んでいることになります。

日本人でも、「ああ、神様!(助けてください)(何と言うことだ!)」と言うことはありますが、私が不思議なのは、これらの言葉が、「ちくしょう」「くそっ」と(汚い言葉に)訳され、「日常生活の中で、軽々しく神の名を唱える」といった理由で、(熱心な)キリスト教信者には嫌われる言葉だということです。

意味的には、悲惨な状況を目にした時、「悲惨な状況=くそ」に対し「ちくしょう」と思い、だから「神様、何とかして下さい!」とすがっているわけで、神を冒涜しているわけでも何でもないと思います。

私はキリスト教信者でも、英語ネイティヴでもないので、どうしたって理解できないのだと思いますが、わざわざルビが振ってあったことで、いつも疑問を感じていたことを思い出してしまいました。



※ブログ内の関連記事(コーディ・マクファディン)

コーディ・マクファディン / 著作リスト

(ブックレビュー)
傷跡
戦慄
暗闇

※関連サイト

コーディ・マクファディン(Cody Mcfadyen)公式サイト


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